所用があって、元カフェ&ギャラリーkazeに寄った。
ここは売却して、もう4年になる。
庭には、石材が沢山積まれていて、様変わりしているが
それでも懐かしい!

私達がかって植えた桜、ケヤキ、コブシなどの木が、大きく育っていて
びっくりした。

買い主さんは、若い石の彫刻家である。
今日は、三千院に作品2点を納めに行ってきたという。
そして、もう一点、庭になる作品も納めるとのこと。
その作品が「輪廻天生」である。
決して「輪廻転生」ではない。
一時の違いだが、意味は大きく違う。






彼とお話をしていたら、今年の冬の雪にはびっくりしたそうである。
ドカ雪が降ったらしい。


ところで、ここも山里で路線バスは、あるが一日一往復だけである。
車のない人たちは、日常品を買うにもバスを利用するしかない。
買い物も一日しごとである。町までバス代が片道960円!
タクシーを使うと片道7千円ほどになる。
よほどのことがないかぎりタクシーは使わない。
だから、みんな貯買をする。


ところが京都府北部の山間地域では、
バスが週に三日しかないとうところがあるらしい。
2017年8月30日(水)の朝日新聞の夕刊に悲しい記事が載っていた。




上の記事を読めるように拡大すると




確かに無免許運転は許されないが、
山間部の集落での生活は、厳しいものがある。
ましてや病人の看護や通院となると一層厳しい!
「自主返納 山間地域は進まず」は、当たり前である。
山間部地域の人が返納するときは、もう運転そのものが出来ないまでに
体が弱ったときなのだ。
山間部では、車は必需品なのだ。


だから、免許証の返納率の問題ではなく、行政の援助の手が必要なのである。
山間部住民の足の確保策が絶対に必要である。
集落、あるいは集落を越えて、助け合いのネット網を作ったり、
安くて利用できるコミュニティーバスとか、ボランティアの送迎車など
いくらでも方策はあるはずだと私は思うのである。


そういう点から朝日の記事の最後に帝塚山大学の蓮池学長のコメントがあるが
私は多少その意見に違和感を覚える。
蓮池学長曰く「過疎地にこそ自動運転技術を応用した車やタクシーを普及させるなど
移動手段の充実が求められている」というけど
なにか対策の方向が違うように思えてならない。