2016年4月20日(水)

今日は、朽木の桑原という山村の『じゅうべえ』で
妻の通っている生け花教室をするというので、運び役で出かけた。
じゅうべえさんは、自分で山菜を採り、自分たちで料理して食べるという
農園レストランである。



が、今日は山菜ではなく、草花をとって、生け花にしようという企画である。

到着するとみんなで、ハサミをもって、野山に出かけていった。
近くに桃の花が満開だった。









桜もまだ残っている。





12時から一時間は、昼食会。



じゅうべえさんが作ってくれた山菜料理を美味しくいただいた。
私は、昼食会だけが一緒で、後は一人で散歩。
生け花の生徒さんの一人が、桜の詩で大好きなのがあると披露。

『貝になりたくて 汀(みぎわ)へ散るさくら』
毎日新聞の投稿欄で読んだという。

私はこの歌からジャン・コクトーの『耳』を連想した。
『私の耳は 貝のから 海の響きをなつかしむ』

で、彼はもう一句
『ちるさくら 海あをければ 海にちる』
こちらは、俳人高尾窓秋の俳句である。
彼は独特の世界を持っていて、彼の代表作は
『頭の中で 白い夏野となっている』
『山鳩よ みればまわりに雪がふる』だそうです。
まあ、ちょっとした文学談義に花が咲いた。

教室の最中は、花の里をのんびりと散策
野に咲く花を愛でて歩いた。















空にはトンビ





















じゅうべえさんの作品

帰り道、廃屋を見つけた。
春なのに、廃屋はひとり、ススキの中!





京に帰れば、新緑の街路樹が、緑のトンネルを作っていた。



時には、山村の中に身を置いてみるのも、心が癒やされます。
車の音、人影もない野原で、暖かな日に照らされて、座っていると
うつらうつらしたくなる。
心身共にリフレッシュの一日でした。