日々風景が変わるような激動(?)の桜の時期が終わろうとしています。

待ちになった生き生きとして季節の到来ですね。

今年の桜のを心にとめて、新緑の風景の中へ出かけたいものです。





先日友人数人と公園で楽しい歓談をしました。

その折に素っ気なくいただいた冊子の一つに

「カキナーレ通信 NO25」というのがありました。


著者は、深谷純一氏。

彼は、作文教育の一環として文学作品の「読み」から「書く」ことにつなげて行く作文教育を

すすめて来られた。

その作品の紹介も掲載されていて、大変面白かった。


彼は、作文教育の中で、なかなか上達しない子の共通点として

自己評価が低い傾向にあるという。

文章表現力が、自己評価と深く関連しているというのは、新しい発見ではないかと思う。

この号には、中学二年生の作品が掲載されていた。


作文の条件は次の2点。

まず、作文は、本名ではなくペンネームで書く。

クラスの誰が書いたのかわからないことが、自由にかける基本となるという。

2つ目には、あまり具体的な題は、与えず漠然とした題で自由に書かせるというもの。


その中からお気に入りを一つ紹介します。




なかなかの作品だと思う(笑)

で、面白そうななので、つい彼の編集した本「カキナーレ 若者の本音ノートを読む」を買ってしまった。




内容は


『「書き慣れ」が、舌がもつれて「カキナーレ」。

京都の女子高校の教員時代に国語の作文教育の一環として始めた、

なんでも、書きたい時に、好きに書いて良い「カキナーレ」ノート。

発表はペンネーム、ウソもOK。ノートに溢れる本音の数々。

高校退職後は、大学の非常勤講師として、今度は学生たちに書いてもらった。

そんな本音ノートに、自身のコメントを付して紹介。

毎日新聞京都版の146 回にわたる連載から、精選して再編集。』


と紹介されている。


楽しみながら読んでいきたい。

これをくれた友人にも感謝です。


ということで、今年最後の桜を楽しみましょう。


























富士枝垂れ桜






















いかがでしたか?

行く春の桜を心に納めておきましょう。

来年、同じ桜を見れないかもしれないから。


●余談

webで、面白いものを見つけたので、面白半分に友人(男性)に送った。

後日あったときに、どうだったと聞いたら

「う~ん、意味がわからない。」という返事だった。

私もがっかりして、何も言わなかった。



      (ネットから借用)