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メタセコイアの並木道 [風景]

5月の言うのに夏日が続いているが、今年の夏はどうなるんだろうと

少し心配な今日この頃です。陽気に誘われて、

久し振りに初夏のメタセコイアの並木道を歩いてみた。


話は変わるが昨今、実に驚くべきニュースを耳にした。

それは衆議院議員の丸山穂高氏の行いである。

彼が北方領土へのビザなし交流訪問団に参加中、戦争による北方領土返還に言及した問題である。

ところが続報も有り、ホームビジットで訪れたロシア人宅での飲酒などで深酔いした上、

外務省から避けるよう要請されている夜間の外出を繰り返し試みたため、

外務省職員らが廊下に立ち塞がって丸山氏の行動を阻止。

「女性のいる店に飲みに行く」とも騒いだというのである。

これが議員のすることかと怒りを感じる。

議員どころか、一個人としても人間的にも良識の無い破廉恥漢だ。

私は、直ちに議員辞職して当たり前だと思う。

また、このような人物を推薦してきた維新の会と

彼を支持した大阪19区の有権者にもしっかり反省して欲しい。


で話を戻して並木道

その入り口付近意あるピックランドに車を止めて、ひとまず食事。

きれいなカフェも出来ていた。


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並木の入り口に、碑が建っている。


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で並木の言われは、碑にお任せして、散歩。


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並木の外側にも散歩道がある。


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並木の外側の田園では、田植えが始まっていた。


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昨年秋にここを訪れたときは、並木通りは車で埋まっていた。

でも今日は、すっきり!!!

さわやかな風に吹かれて、のんびり出来た。

なにか良いことをしたような気分になったよ。


帰り道

ジャケツイバラの花が咲き乱れているのを発見!


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妻は大喜びである。

ご褒美でも貰った気分らしい。

私にとっても、おまけ付きのドライブだった。






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国宝の曜変天目を見てきた! [ぶらり生活]

5月は、珍しいことに国宝の曜変天目3点が同時展示されているというので

近くの2点を見ようと思い出かけた。

まずは、滋賀県信楽にあるMIHOミュジアム。

中央線もない狭い山道を新緑を味わいながら走ると

山奥の人家も見当たらないところに、突然のように

MIHOミュジアムがある。

レセプション棟でチケットを買って、歩きか、電気自動車で

トンネルと抜けて、美術館棟に向かう。


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美術館棟入り口


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ここでは、京都大徳寺龍光院所蔵の曜変天目が展示されている。

とにかく、この曜変天目がお目当ての訪問者が圧倒的!

当然、並んで順番待ち。

初めて見る曜変天目である。


日を改めて、今度は、奈良国立博物館へ出かけた。

博物館へいたる道には、鹿の群れがあちこちにいて、

鹿せんべいをねだっている。

多くの観光客がひっきりなしだ。

私は大変疲れて、博物館に到着したときは、もうヘロヘロ!

真っ先にレストランで一休みしてから、観賞することにした。


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ここに展示されているのは、藤田美術館所蔵の曜変天目である。


ここでも、列をなして順番待ち、

仕方ないよね。

列が長いので、「ここが最後尾」って書いた旗を掲げている館員がいた。


曜変天目を眺めて、本当に感動した!


で、ここで少し曜変天目についての解説を、他人の情報を元に(笑)


曜変天目の概要

漆黒の器で内側には星のようにもみえる大小の斑文が散らばり、斑文の周囲は暈状の青や青紫で、

角度によって玉虫色に光彩が輝き移動する。

「器の中に宇宙が見える」とも評される。

曜変天目茶碗は、現在の中国福建省南平市建陽区にあった建窯で作られたとされる。

現存するものは世界でわずか3点(または4点、後述)しかなく、そのすべてが日本にあり、

3点が国宝、1点が重要文化財に指定されている。

いずれも南宋時代の作とされるが、作者は不詳である。

日本では室町時代から唐物の天目茶碗の最高峰として位置付けられている。


南宋のある時期、建窯で数えるほどわずかな曜変天目茶碗が焼かれ、それから二度と焼かれることは無く、

なぜ日本にだけ現存し、焼かれた中国には残っていないのか(器が割れ欠けている完全でない状態のものは

発見されている)、大きな謎として残っている。

中国では曜変天目は不吉の前兆として忌み嫌われ、すぐに破棄されたために現存せず、

わずかに破壊の手を逃れたものが密かに日本に伝来した、とする説も唱えられたが、

後述の中国での陶片の出土状況から南宋時代の最上層の人々に

曜変天目が使われていたことが示唆されている。


曜変と呼ばれる条件

「曜変」とは「天目」という言葉と同じく日本で作られた言葉で、中国の文献には出てこない。

南宋時代の作品だが、日本で曜変という言葉が使われた最も古い文献は室町時代の「能阿相伝集」である。

曜変とは、建盞の見込み、すなわち内側の黒い釉薬の上に大小の星と呼ばれる斑点(結晶体)が

群れをなして浮かび、その周囲に暈天のように、

瑠璃色あるいは虹色の光彩が取り巻いているものを言う。

この茶碗の内側に光を当てるとその角度によって変化自在、七色の虹の輝きとなって跳ね返ってくる。

これが曜変天目茶碗にそなわっていなければならない不可欠の条件である。

本来、「曜変」は「窯変(容変)」と表記され、陶磁器を焼く際の予期しない色の変化を指すが、

その星のような紋様・美しさから、「星の瞬き」「輝き」を意味する「曜(耀)」の字が当てられるようになった。

このような紋様が現れる理由は、未だに完全には解明されていない。

また、この紋様が意図的に作り出されたものか、偶然によるものかは議論がわかれている。


現存する曜変天目茶碗

国宝

曜変天目の条件を厳密に満たすもので完存するのは、国宝となっている3椀のみとされる。


静嘉堂文庫蔵
稲葉天目の通称で知られ、現存する曜変天目茶碗の中でも最高の物とされる。

1951年6月9日、国宝指定。

元は徳川将軍家の所蔵で、徳川家光が病に伏せる春日局に下賜したことから、

その子孫である淀藩主稲葉家に伝わった。そのため、「稲葉天目」と呼ばれるようになった。

その後、1934年に三菱財閥総帥の岩崎小弥太が購入し入手したが、

岩崎は「天下の名器を私如きが使うべきでない」として、生涯使うことはなかったという。


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藤田美術館蔵
水戸徳川家に伝えられたもので、曜変の斑紋が外側にも現れている。

1918年に藤田財閥の藤田平太郎が入手し、現在は藤田美術館所蔵。

1953年11月14日、国宝指定。


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大徳寺・龍光院蔵
筑前黒田家の菩提寺、大徳寺の塔頭龍光院に初世住侍江月宗玩以来伝わったもの。

1951年6月9日、国宝指定。

宗玩の父であった堺の豪商津田宗及が所持していたとされるが詳細は不明。

建立開基した黒田長政が筑前博多の豪商、島井宗室(博多三傑)の縁でこの院に帰した説もある。

国宝とされる三椀の曜変天目茶碗のうち、最も地味なものであるが、幽玄の趣を持つとされて評価が高い。

通常非公開であり、鑑賞できる機会は稀である。


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重要文化財

MIHO MUSEUM蔵

加賀藩主前田家に伝えられたもの。1953年11月14日、重要文化財指定。

かつて大佛次郎(本名・野尻清彦)が所蔵していたもので、現在はMIHO MUSEUM所蔵。

国宝3点とは異なり、曜変は内面の一部に限られ、この天目茶碗を「曜変」と呼ぶかどうかは議論がある。


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失われた曜変天目茶碗
現在、世界で3点(または4点)しか現存しない曜変天目茶碗だが、記録によればもう1碗あったと考えられる。

足利義政から織田信長へと、時の最高権力者に所有された天下第一の名碗であったが、

信長がこれを愛用し、持ち歩いたため本能寺の変で他の多くの名物と共に焼失してしまった。


貴重なものが失われ非常に残念な事ですね。

きれいな曜変天目にうっとりとしながら、京都に帰ってきたら、もう夕方でした。


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京都タワーをしばし見上げて、帰宅しました。

ほっこりです。


おまけ

まだまだ見れる曜変天目


奈良国立博物館  4月13日~6月9日
「国宝の殿堂 藤田美術館展 ―曜変天目茶碗と仏教美術のきらめき―」


静嘉堂文庫美術館  4月13日~6月2日
「日本刀の華 備前刀」


MIHOミュジアムは、5月19日で終了です。




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「絵になる姿」をみにでかけた。 [ぶらり生活]

堂本印象美術館で行われていた「絵になる姿」展に出かけた。

堂本印象美術館を訪れるのは、初めてである。

何十年も前から、気になっていたのだけど、なぜか機会が無かった。

美術館は、衣笠山の山手の方に有り、立命館大学と向かい合っている。


私が堂本印象を初めて知ったのは、あるホールの緞帳である。

魅力的な緞帳のデザインが、堂本印象の作品であるり、

私の堂本印象とに出合であった。


そんなことも有り、ひょんな事から出かけることになったのである。


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ここで、堂本印象について、当館webpageから少々引用してみた。


堂本印象(どうもと いんしょう)

明治24年~昭和50年(1891-1975)  明治24年京都生れ。本名三之助。

明治43年京都市立美術工芸学校を卒業後、しばらく西陣織の図案描きに従事し、

大正7年、日本画家を志し て京都市立絵画専門学校に入学。

翌8年、初出品した「深草」が第1回帝展に入選した。

第3回展では「調鞠図」で特選、また、第6回展の「華厳」では帝国美術院賞を受賞するなど一躍画壇の花形となった。

絵画専門学校の教授として、また私塾東丘社の主宰者としても多くの後進を育成、昭和19年、帝室技芸員となった。
  戦後は、独自の社会風俗画により日本画壇に刺激を与えた。昭和25年、芸術院会員。

さらに昭和30年以降は抽象表現の世界に分け入り、その華麗な変遷は世界を驚かせた。

多くの国際展にも招かれ、昭和36年には文化勲章を受章した。
  昭和41年、自作を展示する堂本美術館を自らのデザインにより設立。

また、様々な技法を駆使しあらゆる画題をこなす画才は、各地の寺社仏閣の障壁画においても発揮され、

多くの作品を残した。昭和50年9月逝去、83歳。


  なお、美術館は平成3年8月にその所蔵作品とともに京都府に寄贈され、

平成4年4月京都府立堂本印象美術館として開館し今日に至っている。


美術館の建物は、初めから府立だった、こんな斬新なものでは無かったのではと思う。


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玄関を入ると


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で、絵になる女性達の姿をしっかり観賞させて貰いました!


同時に印象の作品展も行われていて、メインに

木華開耶媛(このはなさくやひめ)/1929年/昭和4年が飾られていた。


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                   (この写真は、当館ホームページからの借用です)


長年積み残してきたものを解決したような気分になって、美術館を後にしました。









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五月雨の中で [風景]

天気はいまいちながら、妻が新緑が見たいというので久多に出かけた。

途中まで行くと、雲行きがすごく悪くなった。

花折り峠を越えると雨がぽつぽつ降ってきた。

梅の木から橋を渡り、針畑川沿いに走る。


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新緑が目に染みる。

しとしとと降る五月雨に、あたりは、川音以外に何もない。

静かな渓谷の風景である。


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久谷入ったとたんに雷がなり、土砂降りの雨!雨の中に静かにたたずむ民家

山村の雰囲気が満ちている。

雨の中も風景も情緒あふれるものがある。


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鯉のぼりを掲げていた竿も今は外されて寂しそうに立っていた。


久多から、能見峠を越えて、広河原能見町に下りていく。

走る道路は、渇いていているが、私達が通ると濡れていく。

そう、大雨は私達を追いかけるように付いてくるのだ!


廃屋のそばでは、桜がわずかに花を残していた。

椿も咲いている。

主無しとて、春を忘れはしないのだ。

でも、やはり寂しさが漂っている。


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大きな池と立派な蔵を持つお家も、今は主なしで、眠りこけているようだった。


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山里から人が出ていき、廃屋だけが取り残され

田畑は荒れ果て、鹿とイノシシの天国となる。

国土が荒廃していくに任せて良いのだろうか?

政治・経済のあり方を、根本的に改革しないと

日本は、滅びの国になるような不安を感じてしまう今日この頃です。


新緑を見に出かけて、憂国の気分になった!




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くじゅう花公園 [風景]

まさに新緑の季節になった。

町の中でも緑が目に染みる。

5月1日はメーデーなのだが、今年はそれに新しい事が加わった。

新しい天皇が即位し、元号も「令和」となった。

私は、昭和、平成、令和と生きた人間になった。

想いもしなかった長生きだ。

何かと暗いニュースの多い日本が

豊かで民主的で、平和な国に前進して欲しいと思う。


九州の九重高原にある「くじゅう花公園」も今は

100万本の花が咲き誇っているとおもうが

私が訪れたときは、4月上旬では、まだ花は少なかった。

入園料も「本日半額」だった。

理由は花が少ないからだそうだ。





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目の前に九重連山が見える。


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公園内には、ベンチが至る所に有り、中にはぐっすり寝込んでしなっている人もいた。

花より団子ではないが、しっかり読書にふけっている人も・・・・・

私達は、疲れたらカフェで一休みです。




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